今週のタイ・ローカルニュース(2025年11月8日~11月14日)

2025年11月第2週のタイは、カンボジアとの国境をめぐる緊張の再燃、国際通貨基金(IMF)による経済への警鐘、そして国王の歴史的な中国訪問など、政治・経済・外交の各分野で重要な動きが相次ぎました。国内では、かつて絶大な人気を誇ったタイ貢献党(Pheu Thai)の苦境が浮き彫りになる一方、観光シーズン本番を迎え、各地で文化イベントが開催されています。本記事では、今週の主要な5つのトピックを深掘りして解説します。

1. タイ・カンボジア国境危機:地雷問題をめぐり緊張再燃

タイとカンボジアの国境地帯で地雷によるタイ兵士の負傷事件が発生し、両国間の緊張が急速に高まっています。タイ政府は昨年10月に締結されたばかりの停戦協定を停止すると発表し、非難の応酬が続いています。

発端となった地雷爆発事件

危機の発端は、11月10日にタイ東北部シーサケート県の国境地帯で、パトロール中のタイ兵士2名が対人地雷によって負傷した事件です。タイ側は、この地雷がカンボジアによって新たに埋設されたものであると主張。これを受け、タイのアヌティン・チャンウィーラクーン首相は、クアラルンプール平和合意に基づく停戦協定の停止を宣言しました

タイのアヌティン首相は「平和を望むとしても、戦争への備えはしなければならない」と述べ、避難所の設置や補償基金の準備が完了していることを明言。主権や国民へのいかなる脅威も容認しない姿勢を強調しました。出典: Thai Enquirer

非難の応酬と外交戦

タイの主張に対し、カンボジアは地雷が新しいものではないと真っ向から反論。さらに、11月12日にはタイ軍がカンボジア領内の民間人に向けて発砲し、1名が死亡、3名が負傷したとしてタイを激しく非難しました。カンボジア人権委員会(CHRC)は、この事件について国連人権高等弁務官事務所に緊急の請願書を提出しています。

両国の主張は食い違っており、タイ外務省はカンボジアが「自らを被害者に見せるために事件を画策し、虚偽の情報を捏造している」と非難する声明を発表。日本(オタワ条約締約国会議長国)、米国、マレーシア(共同宣言の証人)に対し、タイの立場を説明する公式書簡を送付するなど、外交的な動きを活発化させています。一方、ASEANの現地監視団(AOT)は、問題の地雷が「新たに埋設されたものではない」との報告を提出しており、真相は依然として藪の中です。

マレーシアによる仲介と今後の見通し

地域の緊張緩和に向け、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相が仲介に乗り出しています。アンワル首相はタイのアヌティン首相、カンボジアのフン・マネット首相とそれぞれ電話会談を行い、平和的解決へのコミットメントを再確認したと発表しました。マレーシアは中立国として、両国間の協議の場を設ける用意があるとしています

しかし、タイ軍高官はカンボジア側が「挑発」のために先に発砲したと主張しており、現場レベルでの不信感は根深いものがあります。双方の主張が平行線をたどる中、偶発的な衝突が本格的な武力紛争に発展するリスクも排除できず、予断を許さない状況が続いています。

2. IMF、タイ経済に警鐘:成長鈍化と構造改革の課題

国際通貨基金(IMF)は11月13日、タイとの年次協議(4条協議)を終え、声明を発表しました。声明では、タイ経済が直面する課題を指摘し、成長鈍化のリスクに警鐘を鳴らすとともに、今後の政策について具体的な提言を行っています。

経済成長の減速と下方リスク

IMFによると、2025年上半期のタイ経済は、米国の関税引き上げを見越した輸出の前倒し出荷などにより、3%という予想を上回る成長を記録しました。しかし、この反動や米国の需要軟化により、2025年通年のGDP成長率は2.1%、2026年はさらに1.6%へと減速する

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IMFは、タイ経済が抱える脆弱性として、長年の構造的課題に加え、パンデミックで増大した高水準の家計債務を挙げています。これに、米国の関税(当初の36%から19%に引き下げられたものの依然として大きな衝撃)、外国人観光客の減少、そして政権交代に伴う不確実性といった新たなショックが加わっていると分析しています。

IMFの政策提言:金融緩和と的を絞った財政支援

こうした状況を踏まえ、IMFは政策対応についていくつかの提言を行いました。金融政策については、タイ中央銀行(BOT)が2024年10月以降、政策金利を計1.0%引き下げ1.5%としたことを評価しつつ、さらなる金融緩和の余地があるとの見解を示しました。これにより、内需の回復を支えることができるとしています。

財政政策については、短期的な景気下支えの重要性を認めつつも、支援は成長促進効果の高い分野に的を絞り、効率的に実施すべきだと指摘。特に、当初計画されていた全国民への一律現金給付(デジタルウォレット)を投資プロジェクトや低所得者層への追加支援に振り向けた政府の決定を歓迎しています。中期的には、債務の増大を抑制し、将来の投資に備えるための財政健全化戦略が不可欠であると強調しました。

急務とされる構造改革

「生産性と競争力を高めるための構造改革を推進することが急務である。これにより、減速しつつある成長のトレンドを反転させる必要がある」出典: Bank of Thailand

IMFが最も強く訴えているのが、構造改革の緊急性です。具体的には、貿易・金融統合の深化、労働生産性を高めるための産業構造転換、輸出の高度化、社会保障制度の強化、ガバナンス改善、気候変動への強靭性向上などを優先事項として挙げています。これらの改革なくして、タイ経済がより力強く、包摂的な成長軌道に戻ることは難しいとの厳しい見方を示しています。

3. タイ国王、歴史的な中国訪問:「家族のような」関係を強調

タイのワチラーロンコーン国王とスティダー王妃が、11月13日から5日間の日程で中国を公式訪問しました。現国王の即位後、主要大国への公式訪問は初めてであり、両国の外交関係樹立50周年の節目と重なるこの訪問は、極めて象徴的な出来事として注目されています。

50周年の節目に行われた象徴的な訪問

11月14日、国王夫妻は北京の人民大会堂で習近平国家主席と会談しました。中国メディアによると、習主席は「中国とタイは一つの家族のようだ」と述べ、両国の戦略的連携を強化していく考えを表明。国王の訪問は、両国が二国間関係を非常に重視していることの表れであると強調しました

今回の訪問は、タイと中国の外交関係樹立50周年という記念すべき年に行われました。中国外務省の報道官は、中国が国王を招待した「最初の主要国」であることを指摘し、この訪問が両国の深い友好関係を反映していると述べました。具体的な合意文書の署名は予定されていませんが、訪問そのものが持つ象徴的な意味合いは非常に大きいと言えます

地政学的な意味合い

この訪問は、米中間の対立が続くアジア太平洋地域の地政学的な文脈においても重要です。タイは伝統的に米国との同盟関係を維持しつつ、最大の貿易相手国である中国とも緊密な経済関係を築く「全方位外交」を展開してきました。国王の訪中は、このバランス外交を象徴する動きと捉えられます。

訪問の直前には、アヌティン首相が韓国で開催されたAPEC首脳会議の場で習主席と会談しており、タイ政府として中国との関係強化に一貫して取り組む姿勢を示しています。国王の訪問は、政府レベルの関係をさらに高い次元で裏打ちし、両国の「包括的戦略的協力パートナーシップ」を深化させる強いメッセージとなりました。

4. 国内政局の地殻変動:名門「タイ貢献党」の凋落とアヌティン政権の行方

かつてタクシン・シナワット元首相の下で選挙に勝ち続けた名門政党、タイ貢献党(Pheu Thai)が深刻な危機に直面しています。相次ぐ選挙での敗北や党内の混乱により支持基盤が揺らぐ一方、アヌティン首相率いるタイ誇り党(Bhumjaithai)が勢力を拡大し、タイの政治勢力図は大きく塗り替わろうとしています。

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タイ貢献党の苦境と支持基盤の揺らぎ

バンコク・ポスト紙は、最近の補欠選挙での敗北が、タイ貢献党の「深刻な構造的弱点」を露呈したと報じています。かつての強みであった地方の草の根ネットワークが弱体化、あるいはタイ誇り党などの地域政党に切り崩されていると指摘されています。特に、伝統的な地盤であった東北部や、これまで浸透できていなかった西部での敗北は、党の求心力低下を象徴しています。

さらに、党の元代表であるソンポン氏が党運営への不満を理由に離党するなど、重鎮の離反も相次いでいます。党のメッセージが新しい世代の有権者に届かず、都市部では改革を掲げる人民党(People's Party、旧前進党)に支持を奪われているのが現状です。アナリストは「このままでは次期総選挙で議席を半減させ、第3党以下に転落する恐れもある」と警鐘を鳴らしています。

勢力を拡大するアヌティン首相のタイ誇り党

タイ貢献党の衰退を尻目に、勢力を拡大しているのがアヌティン首相が率いるタイ誇り党(Bhumjaithai)です。同党は、地方開発やポピュリスト的な政策を掲げ、タイ貢献党の地盤である東北部でも着実に支持を広げています。

2025年2月に行われた地方行政組織(PAO)首長選挙では、タイ貢献党が16県で勝利し首位を維持したものの、タイ誇り党も14県で勝利し、その差はわずかでした。この結果は、タイ誇り党が全国的な政治勢力として確固たる地位を築きつつあることを示しています。

アヌティン首相は先週、「政府が不当に攻撃されるなら、任期満了を待たずに下院を解散する用意がある」と発言し、政局の主導権を握っていることを見せつけました。タイ貢献党が有効な打開策を見いだせない中、タイ政治はアヌティン首相とタイ誇り党を中心に展開していく可能性が高まっています。

5. 11月のタイ:国境緊張下で続く文化とスポーツの祭典

国境地帯での緊張や経済の不透明感が報じられる一方で、11月のタイは観光のハイシーズンを迎え、全国各地で多彩な文化・スポーツイベントが目白押しです。これらのイベントは、タイの持つ豊かな文化と活気ある現代的な側面を国内外に示しています。

全国で開催される多様なイベント

11月はタイで最も美しい祭りと言われるロイクラトン(11月5日)と、チェンマイで有名なイーペン・ランタンフェスティバル(11月4日~6日)が開催され、幻想的な光景が広がります。また、バンコクではチャオプラヤー川沿いのランドマークをライトアップする「Vijit Chao Phraya 2025」が12月まで開催されます(ただし、故シリキット王太后を追悼するため一部内容が変更)。

音楽シーンも活況で、パタヤではアジア最大級のヒップホップフェス「Rolling Loud Thailand」(11月14日~16日)、チェンマイでは「Mycelium Music & Art Festival」(11月14日~16日)や「チェンライ・ジャズフェスティバル」(11月28日~29日に延期)が開催されます。さらに、プーケットでは世界的なDJ、ボブ・サンクラーのライブ(11月28日)も予定されています。

スポーツイベントも豊富で、バンコクマラソン(11月16日)や、タイ最高峰のドイ・インタノンを走るトレイルランニングレース「Thailand by UTMB」(11月30日~)など、国内外から多くのアスリートが参加する大会が開かれます。これらのイベントは、タイの多様な魅力を体験できる絶好の機会となっています

観光シーズンへの期待と課題

11月は乾季の始まりにあたり、気候が安定し過ごしやすくなるため、タイ観光のベストシーズンとされています。多くのイベントがこの時期に集中するのも、国内外からの観光客を呼び込む狙いがあります。

しかし、S&Pグローバル・レーティングのレポートによると、2025年1月~9月の外国人観光客到着数は前年同期比で約7.6%減少しており、観光業の回復には課題も残ります。政府は観光客向けの安全対策強化など、様々なてこ入れ策を導入していますが、カンボジアとの国境緊張といった地政学的リスクが、観光客の心理に与える影響も懸念されます。文化やイベントの魅力で、こうしたマイナス要因をどこまでカバーできるかが、今後の観光業の回復を占う鍵となりそうです。

参考資料

[1]Xi Jinping pledges deeper ties during Thai king's first ... https://www.aljazeera.com/news/2025/11/14/xi-jinping-pledges-deeper-ties-during-thai-kings-first-china-visit

[2]China plays up image of reliable partner as foreign ... https://www.reuters.com/world/china/chinas-xi-holds-milestone-meeting-with-thai-king-beijing-2025-11-14/

[3]2025 Thai Provincial Administrative Organization election https://en.wikipedia.org/wiki/2025_Thai_Provincial_Administrative_Organization_election

[4]THAILAND - Facebook https://www.facebook.com/groups/3595405013893891/posts/23981503948190698/

[5]Writing on the wall for Pheu Thai https://www.bangkokpost.com/thailand/politics/3137836/writing-on-the-wall-for-pheu-thai

[6]Thailand's King Vajiralongkorn Arrives in Beijing For ... https://thediplomat.com/2025/11/thailands-king-vajiralongkorn-arrives-in-beijing-for-historic-visit/

[7][FULL EP.] Thairath News Show | 14 Nov. 2025 https://www.youtube.com/watch?v=6D57jrqr67Y

[8]Thai Enquirer News Summary - November 14, 2025 https://www.thaienquirer.com/62700/thai-enquirer-news-summary-november-14-2025/

[9]Thailand 'BBB+/A-2' Foreign Currency Ratings Affirmed https://www.spglobal.com/ratings/en/regulatory/article/-/view/type/HTML/id/3477279

[10]IMF Staff Completes 2025 Article IV Mission to Thailand https://www.imf.org/en/news/articles/2025/11/13/pr25367-thailand-imf-staff-completes-2025-article-iv-mission

[11]2025 in Thailand https://en.wikipedia.org/wiki/2025_in_Thailand

[12]IMF Staff Completes 2025 Article IV Mission to Thailand https://www.bot.or.th/en/news-and-media/news/news-20251113-2.html

[13]Cambodia border situation on 13 November 2025 at 16:00 ... https://www.mfa.go.th/en/content/summary-press-briefing-13112025-en?cate=5d5bcb4e15e39c306000683e

[14]Festivals and Key Events in Thailand - November 2025 https://theo-courant.com/en/thailand-november-events/

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