タイ人の不思議なニックネーム文化。本名を知らなくても深く繋がれる、タイの人たちが教えてくれた「心の距離感」と優しさについてのコラムです。

「ノック(鳥)」に「アップル」、ときどき「豚」。タイのニックネームが教えてくれた、心のドレスコード
タイの友人たちとの邂逅(かいこう)は、いつも少しだけ「奇妙で愛らしい違和感」から始まります。
「はじめまして、ノックです」
「こんにちは、私はアップルよ」
……球技の試合が始まるのでしょうか? それとも、フルーツの盛り合わせ?
初めてタイの地に降り立ったとき、私は形容しがたい混乱に陥りました。
だって、あんなに洗練された佇まいの大人が、至極真面目な顔をして「僕はピッグ(豚)だよ」なんて自己紹介をするのですから。
今日は、私がタイで経験した、ちょっぴり気恥ずかしい失敗談。そして、名前という名の「心のドレスコード」について紐解いてみたいと思います。
3年付き合っても、本名を知らないという「深淵」
タイでの生活を始めて、まず直面する文化の洗礼。それが「ニックネーム(チュレン)」の存在です。
タイ人の本名というのは、驚くほど長く、そして荘厳です。
「サティッパポン・ラッタナ・……」と、まるで古の叙事詩か祈祷の言葉のような響き。あまりに長大であるため、タイ人自身も日常生活でそれを使うことは滅多にありません。
役所の手続きや婚礼の儀といった、人生の峻厳(しゅんげん)な節目にだけ袖を通す「よそゆき」の名前なのです。
ある日、親友の「ノック(鳥)」さんに、ふと尋ねてみたことがあります。
「ねえ、ノック。あなたの本名って、本当はどういう綴りなの?」
すると、彼女は困惑したような、あるいは照れくさいような表情を浮かべて、おもむろにスマートフォンを取り出しました。
「ええと、ちょっと待ってね。ええと……」
……なんと、自分の本名を度忘れしていたのです。
二人で顔を見合わせて笑い転げながら、私の心の中にあった「こうあるべき」という硬い結び目が、ふっと解けていくのを感じました。
「完璧」の呪縛を解く、自由なアイデンティティ
私たちは知らず知らずのうちに、人の名前を正しく、完璧に記憶しなければならないという強迫観念に囚われています。
「間違えたら失礼に当たる」「礼節を重んじる大人として振る舞わなければ」と。
しかし、タイの人々が纏(まと)うニックネームの数々は、驚くほど自由闊達です。
- バンク(銀行)
- ゴルフ
- チェリー
- ビア(ビール)
一見すると「そんなのあり?」と微笑んでしまうような名前も、彼らにとっては魂の分身であり、社会的なインターフェースなのです。
彼らにとって、本名を知っているか否かは、心の距離の指標にはなりません。
むしろ、「あなたが呼びやすく、親しみを感じる名前で呼んでくれればいい」という、究極のホスピタリティがそこには流れているのです。
失敗から学んだ、心地よい「心の距離感」
実を言うと、タイに渡ったばかりの頃の私は、あえて「本名で呼ぼう」と躍起になっていました。
相手を深く理解したい、他の誰よりも特別な関係を築きたい――。そんな私のエゴイスティックな自負があったのかもしれません。
しかし、一生懸命に長い本名をなぞるように呼んでも、相手はどこか居心地が悪そうに、はにかむだけでした。
それはまるで、パジャマでくつろいでいるリビングに、突然タキシードを着た来客が闖入(ちんにゅう)してきたような、そんなミスマッチな空気感。
そのとき、私は悟ったのです。
「正しいこと」が、必ずしも「心地いいこと」とは限らないのだ、と。
ニックネームで呼び合うとき、そこには目に見えない障壁が存在しません。
背負っている肩書きも、立派な家系も、過去の経歴も関係ない。
ただの「鳥さん」と「私」として、対等に、軽やかに笑い合えるのです。
名前は、愛着という名の「解放」
最近の私は、自分自身のこともニックネームで呼んでもらうようにしています。
最初は気恥ずかしさが勝っていましたが、呼ばれるたびに、不思議と自分を縛っていた「何者かであらねばならない」という重圧から解放されていく感覚があります。
私たちは、ついつい立派な自分、完璧な自分を演出しようと背伸びをしてしまいます。
けれど、タイの人々が教えてくれたのは、もっとシンプルで、陽だまりのように温かい世界でした。
「何て呼ばれても、私たちは私たちでしょ?」
そんな風に笑い飛ばしてくれる彼らの傍らで、私は今日も「ボール」さんや「アップル」さんと、冷たいタイティーを囲んでいます。
もし、あなたが社会の「こうあるべき」という規範に疲れてしまったなら。
ほんの少しだけ、タイの人々のしなやかな緩やかさを思い出してみてください。
大切なのは、正確な名前を記号として呼ぶことではなく、相手が最も自分らしく、心地よくいられる場所を差し出すこと。
明日は、あなたの隣にいる誰かを、もっともっと「柔らかい名前」で呼んでみませんか?
気に入ったら何かコメントをよろしくお願いします。
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