タイで起業するのに100万円でOKと言い切る「裏のスキーム」の正体

タイで起業するにはいくら必要か?
そんな問いに対し、TikTokなどのSNSで「100万円もあれば十分ですよ」と軽やかに答える動画が流れてくることがあります。
日本での起業ハードルが下がっている昨今、物価の安い(と思われている)タイなら、その金額で海外オーナーになれる……そんな夢を見る人が後を絶ちません。

しかし、結論から言いましょう。
日本人がタイで「まともに」居住し、ワークパーミット(労働許可証)を取得してビジネスを継続する場合、初期費用100万円でスタートするのは、物理的にも法律的にも「不可能」です。

では、なぜ「100万円でOK」と言い切る発信者が存在するのか。
その裏側に隠された、あまりに危うい「スキーム」の正体を暴いてみたいと思います。

「200万バーツ」という法律の壁

まず、大前提となる数字の話をします。
日本人がタイでワークパーミットを取得するためには、会社の登録資本金が最低でも200万バーツ必要です。

2026年2月21日現在のレート(1バーツ ≒ 4.98円)で計算すると、その額は約996万円
ほぼ1,000万円です。
「資本金は全額キャッシュで用意しなくていい(25%の払い込みで登記可能)」というルールを駆使したとしても、その25%分だけで約250万円が必要になります。
この時点で、100万円という数字はすでに破綻しているのです。

「100万円でいい」と語る人々は、この資本金という「入場料」の話を意図的に外しているか、あるいは極めて特殊な例外を一般論のように語っています。

「タイ人4人雇用」という強制サブスクリプション

資本金を「見せ金」や書類上の操作でクリアしたとしても、次に待っているのは「人件費」という名の底なし沼です。

タイの法律では、日本人1人のワークパーミットを維持するために、原則として4名のタイ人スタッフを雇用する義務があります。
タイ人の最低賃金を月1.5万〜2万バーツと仮定して、4人分。
最新のレートで計算すれば、毎月約30万〜40万円が給料として消えていきます。

100万円という予算は、スタッフに給料を払った瞬間に、わずか3ヶ月足らずで底をつく計算です。
事務所の家賃、光熱費、自分自身の生活費を考えれば、1ヶ月持てば御の字でしょう。
これでは「起業」ではなく、ただの「資産焼却」です。

「自力では不可能」な税務地獄

さらに、目に見えないコストが経営者の首を絞めます。
タイの税務申告(VATや源泉徴収)は、毎月行わなければなりません。
これらを日本人が自力でこなすのは、至難の業を通り越して「不可能」です。

書類はすべてタイ語。
家賃を払えば源泉徴収票を発行し、売上があればVATを計算し、税務署へ足を運ぶ。
タイの税務署(サパコーン)は非常に厳格で、少しの不備も見逃しません。

結局、月額数万円の顧問料を払って会計事務所に丸投げするしかありませんが、これもまた「100万円起業説」には含まれていないコストです。

「この話は面白いエピソードがたくさんあるので、ちょっと脱線しますね」

タイの役所手続きには、時として「理屈を超えた何か」が入り込みます。
ある起業家が、完璧な書類を揃えてワークパーミットの更新に行った時のことです。
担当官は書類をじっと眺めた後、こう言いました。
「このオフィスの写真、デスクの上にパソコンが1台しかないわね。スタッフ4人いるなら、パソコンも4台なきゃおかしいじゃない」
その起業家は慌てて電器屋に走り、動かない中古のノートパソコンを3台買い足して、デスクに並べて写真を撮り直したそうです。
「実態」があるかどうかを、そんな斜め上の視点でチェックされるのがタイの日常。
こうした「突発的なトラブル対応」にも、実は細かくお金と時間が削られていくのです。

「100万円スキーム」の正体とは?

では、なぜ彼らは「100万円」と言うのか。
そこには、以下のような「語られない前提条件」が隠されているはずです。

  1. BOI(投資委員会)の恩恵をフル活用している:
    特定の業種で認可を受ければ、資本金や雇用条件が緩和されます。しかし、その認可を受けるためのコンサル料や準備期間のコストは、100万円では到底収まりません。
  2. タイ人の配偶者がいる:
    結婚ビザ等を利用すれば、条件は一気に緩くなります。しかし、それは「誰でも100万円で起業できる」という話とは全く別物です。
  3. 「ノミニー」を利用した脱法スキーム:
    名義貸しのタイ人を並て、書類上だけ条件を満たす方法。これはタイ政府が近年最も厳しく取り締まっている「時限爆弾」です。
  4. 単なる「集客のフック」:
    「100万円で海外オーナーになれる」と興味を惹きつけ、高額なコンサルティングや怪しい投資案件へ誘導する入り口に過ぎない。

タイマニ親爺の視点:バズの甘い香りに誘われないために

TikTokやYouTubeの短い動画は、複雑な現実を「一言」で切り取ります。
「100万円でOK」という言葉は、閉塞感を感じている日本の若者には、救いの神のように聞こえるかもしれません。

しかし、タイでのビジネスは、そんなに「サバーイ(心地よい)」なだけではありません。
外資規制という見えない網の目、毎月の税務申告という重圧、そして文化の壁。
それらを乗り越えるためには、100万円という「端金」ではなく、しっかりとした事業計画と、少なくとも1年分を耐え抜くための現金のクッションが必要です。

「100万円でいける」という言葉の裏にあるのは、成功への近道ではなく、「情報の非対称性を利用した、無責任な勧誘」であることがほとんどです。

タイの空は青く、人々は微笑んでいますが、ビジネスの世界はそれほど甘くありません。
もしあなたが本当にタイで挑戦したいなら、その「100万円」を投資する前に、まずは最新のレートで、毎月の固定費をスプレッドシートに書き出してみてください。
そこには、TikTokでは語られない「冷酷な真実」が並んでいるはずです。

シュッ……。

あ、今また「現実」という名の風が、私の財布を通り過ぎていきました。
夢を見るのはタダですが、その夢を形にするには、相応のコストがかかる。
それが2026年現在の、タイ起業のリアルです。

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